マスタークラス 1~4日目

マスタークラス(ピアノ・ヴァイオリン合同開催)

日本芸術協会 at.軽井沢芸術俱楽部

2026年5月11日~15日開催 純子・マッサーリア クラス

「今の私に旋風を巻き起こしてくれるのでは?」との期待を胸に中軽井沢の地へ。

 

結婚して以来一人旅は初めて!新幹線の切符を買うことすらワクワクドキドキな「箱入り嫁」な有様の私にとって、一人で準備して旅することが、何より新鮮で人生において大切なことだったように思います。

 

マスタークラス講師の純子・マッサーリアさんの第一印象は「おしゃれ!」。流石イタリア在住の着こなしと所作に魅了されました。お話をすると、ざっくばらんな語り口なのに「何と深い見識と教養のある方で上品なのだろうか」と思いました。

 

初日のレッスン曲はリストのため息。最初の2小節で目から鱗でした。(マッサーリア先生のレッスンの素晴らしさは後のピアノ特別講座でより判明するのですが…)

先ず「冒頭で全てを理解して作るとあとは流れていく」ことを体験しました。

そして何より、リストの音楽の魅力が一気にヴィジョン化され、過去に楽曲を好きになることはあってもリスト自身のすばらしさを感じたことがありませんでしたので、初回の冒頭2小節で「予感どおり」旋風が巻き起こりました。

 

ここ数年、習うことがいやになりレッスンから遠ざかっていた私。(マッサーリア先生)「そういう時もあるよね~」の一言。軽いけれど深い。明るいけれど奥行きがある。濃いけれど重たくない。ざっくばらんだけど上品。相反するものが同時に存在する方です。

 

マッサーリア先生に出会い、「経験値が圧倒的に足りないんだ・・・。レッスンへ行こう!」と心底思えた初日でした。


2日目のレッスン曲はドビュッシー:版画より「塔」。初日と同様、間違ってはいないしこれまでの経験値の中で最大限丁寧に弾いているけれど、自力の音楽作りはまとめているだけ=日本人的。

 

楽器に定期的なメンテナンスが楽器に定期的なメンテナンスが必要なように、アスリートに運動後のマッサージやケアが必要なように、「今の私にはレッスンが必要なのだ」と初日と同様に思いました。

 

アフタヌーンティーの時間から夕方にかけては軽井沢高原教会と石の教会 内村鑑三記念堂を観光しました。2度目のスーパーTSURUYAさんでのショッピングも堪能。環境からもエネルギーチャージ。

 

レッスンは夜の9時過ぎまで続き、その後マッサーリア先生の公開練習を聴くことができました。レッスンで私たち生徒に仰る事をご自身が極上のレベルでなさっている姿を垣間見て、これまでの迷いが吹っ飛びました!

「悩んだり迷ったりするのはここまで努力してからにしろ」(心の叫び)


3日目は個人レッスン(レッスン曲:ドビュッシー版画より「雨の庭」)の他に、ピアノクラスの特別講義がありました。

 

テーマは言葉から音楽をみる。楽語の殆どはイタリア語で表記されます。イタリア在住のマッサーリア先生ならではの素晴らしい講義でした。楽語を(イタリア語で)正しく理解して、もう一度楽譜を見ると、「何と!てきとうにやっていることか😱」

 

「やること多っ!!!!」となりますが、作曲家の指示(楽語)どおりに弾けるとそれだけでBravo! !上手く弾けるとかじゃなくて、音楽が「生きる」。

 

だから、果てしない道が(練習)が楽しい。

 

 

ありがとう❤️私をここへ連れてきてくれた「何か」と思った3日目でした。


4日目 、いよいよ明日は修了コンサート。

最後のレッスンの後、夕食を挟んでリハーサルと音楽三昧締めの一日でした。

 

私はリハーサルではドビュッシー:版画より「塔」を、翌日の修了コンサートでは、リスト:ため息とドビュッシー:版画より「雨の庭」を演奏することに。

 

振り返りになりますが、2日目ヴァイオリン特別講義はヴァイオリンクラスの方々の演奏を聴き、それに対してピアノクラスの受講生がポジティブとネガティブ両方の見解を発言するスタイルでした。

 

リハーサルの演奏では、特別講義の時と比べてのヴァイオリンクラスの見違えるような進化に驚きました。特別講義からの鍛錬に加え、前日のマッサーリア先生の特別講義で学んだ楽語を見直すことが、更なる進化に繋がったそうです。

 

深夜には、朝からのフル稼働でお疲れなのに、マッサーリア先生の掛け声ミーティングが開かれました。翌日の予定確認のはずが、話は逸れに逸れ、いつしか深夜のスッピン&パジャマで座談会に!これも含めて学び=財産なのでしょう。ピアニストは孤独と思っていたけれど、マッサーリアクラスは笑いと愛に溢れています。

 

マスタークラスという名の合宿でした。